博物館法に新たな荒らし(嵐)

9月7日の日経ネットの記事に次のようなものがありました。

保育園の広さ、基準廃止 分権委3次勧告、全国一律を見直し
政府の地方分権改革推進委員会(委員長・丹羽宇一郎伊藤忠商事会長)の第3次勧告案が6日、明らかとなった。自治体の仕事などを法令で縛る「義務付け・枠付け」について、保育園の庭の広さなどを全国一律で規制する国の基準の廃止などを打ち出す。分権委は鳩山由紀夫内閣発足後の9月末に勧告する予定だが、各省庁は強く抵抗しており、新政権の実行力が問われることになる。
国が規制しているのは公営住宅の入居基準や福祉施設の廊下の幅など約4千項目あり、うち約1千項目を見直す。勧告案は保育園の面積など施設を設置・管理する基準は原則廃止するか自治体の条例に委ねるべきだとした。下水道などで自治体の事業計画策定の義務付けをやめるほか、国の同意などが必要だった主要港湾の入港料の上限額設定も原則、自治体に任せる。 (08:28)

興味を持って探してみると,9月7日の第95回地方分権改革推進委員会の配付資料に,小早川委員ワーキンググループ報告の資料が掲載されていました。
その中に,博物館法第12条(博物館登録の要件)が「廃止または都道府県の条例へ委任」として掲載されています(下線が見直し対象部分)。

(登録要件の審査)
第十二条 都道府県の教育委員会は、前条の規定による登録の申請があつた場合においては、当該申請に係る博物館が左に掲げる要件を備えているかどうかを審査し、備えていると認めたときは、同条第一項各号に掲げる事項及び登録の年月日を博物館登録原簿に登録するとともに登録した旨を当該登録申請者に通知し、備えていないと認めたときは、登録しない旨をその理由を附記した書面で当該登録申請者に通知しなければならない。
一 第二条第一項に規定する目的を達成するために必要な博物館資料があること。
二 第二条第一項に規定する目的を達成するために必要な学芸員その他の職員を有すること。
三 第二条第一項に規定する目的を達成するために必要な建物及び土地があること。
四 一年を通じて百五十日以上開館すること。

資料数や人数,面積等を具体で定めているわけではないのに,それでも地方自治体にとって迷惑な規程なんでしょうか。開館日については具体の数字が入っているのに下線が引かれていないことも理解に苦しみます。
 都道府県がそれぞれ定めるのであれば,まだ良いでしょうが,それでも,登録博物館に対する税制上(国税)のメリットが無くなることも考えられます(税制も全て都道府県に移管して地方税だけになるならともかく)。
まあ,良く読まなければ何ともわからないのですが,地方分権として,博物館には国は支援していかないよというアピールに近いのかなと感じます。

ちなみに小早川委員ワーキンググループの構成は次のようになっています。

小早川 光郎  地方分権改革推進委員会委員,東京大学大学院法学政治学研究科教授
高橋 滋    一橋大学大学院法学研究科教授
斎藤 誠    東京大学大学院法学政治学研究科教授

10月8日追記

10月7日に第97回 地方分権改革推進委員会が開催され,同委員会の第3次勧告が決定しています。
そのうち「(別紙1)3つの重点事項の個別事項について具体的に講ずべき措置」(892条項)の1-16ページに博物館法の見直し対象項目案が出ています。一方,本文内では,全国知事会全国市長会提言等で取り上げられているもの(103条項)に限って,表として掲載されていますが,こちらには博物館法関係のことがらは出てきません。
当然といえば,当然のことでしょうけれども。特定の視点に立脚した国に近い立場からの提案と,分権の主体たる地方側に近いところからの要望・提言とは異なりますからね。とはいえ,どんな感じで,本勧告が取り扱われるのか,一応注意しておこうと思います。
なお,地方分権改革推進委員会について,10月8日の東京新聞の記事では,現政権は重視しないという見通しを書いています。

民主、分権委勧告 重視せず 政策実現を優先
鳩山由紀夫首相は八日、政府の地方分権改革推進委員会(会長・丹羽宇一郎伊藤忠商事会長)の第三次勧告を受け取る。ただ、自民党政権時代の「遺物」である同委に対する民主党の視線は冷ややかで、勧告を重んじる空気は薄い。むしろ、勧告内容を上回る中身とスピードで民主党流の分権を実現し、旧政権の「怠慢」ぶりを鮮明にしたい腹積もりだ。
 分権委は安倍政権下の二〇〇七年四月、地方分権改革推進法に基づいて設置された。委員は、有識者自治体首長ら七人で、設置期限は一〇年三月。
 自公政権は四次まで予定されている勧告に従って、年内に地方分権改革推進計画を閣議決定した上で新地方分権一括推進法案を来年の通常国会に提出する方針だった。
 しかし、政権交代で状況は一変。原口一博総務相は六日、官邸に首相を訪ねて「分権は全く進んでいない。三次勧告を待たず、早く形にしたい」と提案。首相は「旧政権でやれなかったことをやるからこそ政権交代だ」と了承した。
 原口氏は直ちに総務省政務三役会議で、現時点で各省の合意が得られていなくても、地方の要望が高い課題に優先的に取り組む方針を表明。臨時国会での法案提出の可能性を探る考えを示し、具体案を早急にとりまとめるよう指示した。
 立場がないのは、民主党政権に事実上無視された同委で、廃止さえ、現実味を帯びてきた。平野博文官房長官は七日の記者会見で「私たちと目的が完全に一致すれば継承すればいい。違うのならリセットすべきだ」と、廃止に含みを残した。
 丹羽委員長は七日の三次勧告決定後、「どうしても実行していただきたい」と訴えたものの、秋風は強まるばかりだ。 (渡辺隆治)

ちなみに,「特定の視点」により近いであろう産経新聞の書き方は次のとおり

政府の地方分権改革推進委員会がまとめた第3次勧告は、国が法令で地方自治体の仕事を縛る「義務付け」や「枠付け」のうち、「特に問題がある」と判断した892の規制について、廃止か自治体の条例に委ねるよう求めた。
−−snip−−
分権委の勧告内容を改めて一から議論し直すのでは、時間の無駄というしかない。地方には改革スケジュールの遅れへの懸念も広がっている。これまでの議論を活(い)かすべきだ。不十分な点のみ再検討するのも方策だろう。
  自民党に比べて省庁とのつながりの薄い民主党政権の誕生は、真の地方分権を進める好機ともいえる。一方で、有力支持団体である労働組合に配慮し、改革が停滞するのではないか、との指摘も出ている。

労働組合」っていう言葉を書かなければいけないため,視点が矮小化してしまっているところが産経クオリティ。

10月22日追記

10月21日の47ニュース(共同通信)の記事から

総務相、103項目を優先見直し 分権委勧告の「国の義務付け」
原口一博総務相は21日、地方分権改革推進委員会が廃止を含む見直しを提言した、地方自治体に対する国の「義務付け」892項目のうち、地方側の批判が強い保育所の最低面積や生活道路の基準など103項目を優先的に見直す方針を決めた。来年の通常国会での法改正に向けて、関係省庁と調整する。
 103項目は全国知事会全国市長会が見直しを求めていた項目で、住民生活に身近な規制が多い。こうした義務付けが撤廃されれば、都市部でも保育所が設置しやすくなって待機児童の解消が期待できるなど、住民のメリットにつながりそうだ。
 政府は今月8日の分権委第3次勧告に盛り込まれた義務付けを見直すかどうかなどを各省庁に文書で照会し、103項目については「来年の通常国会での法改正を原則とする」とした上で11月4日までの回答を要請。
 さらに、法改正を待たず、暫定措置として政省令の改正などで直ちに見直し可能な義務付け項目を今月26日までに報告するよう求めている。
 権限が縮小する省庁の反発も予想されるが、原口氏は「省庁の抵抗は鳩山政権では許されない」と強調。政治主導で合意を取り付け、政府が年内に作成する分権改革推進計画に103項目を中心に義務付けの見直しを盛り込み、通常国会に法改正案を提出する考えだ。
 103項目に該当するのは、児童福祉法に基づき「保育室は幼児1人当たり1・98平方メートル以上」などとした保育所の最低面積や「生活道路の歩道の幅は2メートル以上」(道路法)、「公営住宅の入居者の収入は月15万8千円以下」(公営住宅法)など。

第三次勧告の本文内に掲げられていた全国知事会全国市長会提言等で取り上げられているもの(103条項)について,「来年の通常国会での法改正を原則とする」として,政府内で調整を優先的に行うとのことですね。
保育所に限って言えば,設置はしやすくなるけれども,水準は下がる。それをどこまで私たち住民が許容できるかということが一つの論点。
もう一つは,国レベルでの基準がなくなれば,国レベルで政府は責任を負わないということになる。それを私たち住民が許容できるかということがもう一つの論点。
自治体レベルでの民主主義が成熟していれば,保育所の水準はそれほどは落ちないでしょう。しかし,実際には,情報公開にしても,マスコミの取材能力にしても,住民の声を反映させる仕組みも,そして,住民の地方行政への参画や発言も,市町村レベルはもとより都道府県レベルでもまだまだ未成熟ではないかと思います。
国レベルの規制に対しては,確かに住民の声は届きづらいですが,マスコミ等の報道も,また情報公開請求を通した市民レベルでの情報発信もなされ,比較的監視が行き届きやすいのに対し,地方自治体レベルでは,自治体間の格差が大きい。
国レベルでの基準設定や規制を地方に移譲するのが先か,自治体レベルでの民主主義が成熟するのが先か,鶏か卵かの議論なのかもしれませんが。

11月20日追記

憲法を見ていてつらつらと。 憲法第十章から

第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

言うまでもなく,国民主権の精神に基づいた憲法です。その憲法の中で,立法権,行政権,司法権が規定されているわけですが,それらの権限の依って立つ基盤はあくまで国民にあるわけなので,立法権,行政権,司法権を委ねられている公務員(まさに国会議員,国務大臣,裁判官と明示されているように)は,国民主権をうたった憲法を尊重する義務があるということです。

第六十五条  行政権は、内閣に属する。
第六十六条  内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する。
2  内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。
3  内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。

地方分権のアクションとは,内閣に属している行政権を,地方自治体に移譲するというアクションになります。そして,地方分権のアクションを起こすためには国会の決議が必要ということになります。
一方,その国会は,国民の中から代表が選挙によって選出されているため,国会は連帯して国民に対して責任を負っているわけではない。少数意見の尊重こそが民主主義の中核に置かれるべきでなので,国会議員のリコール制もありえない(考えてみれば,地方議会の議員のリコールというのも危険な精度。議会の解散請求だけで良いのでは)。
いずれにせよ,博物館法に関する地方分権の新たな「嵐」についても,国民が内閣に委託している行政権を,当該博物館施設が位置する地方自治体の行政権に移譲するということです。博物館が,当該自治体が設置する公立博物館だけならともかく,たくさんの私立博物館が存在し,地方自治体の範囲を超えて,文化財等貴重な資料の保全と人々の文化活動・学習活動を展開していることを考えれば,やはり博物館法第十二条の各条項の地方移譲はおかしなロジックとなるように思います。
(地方分権改革推進委員会が指摘している博物館法二十一条については,公立博物館に限定の話ですから,まだ理解もできます。)

12月2日追記

「博物館研究」の2009年12月号に,日本博物館協会地方分権改革推進委員会第3次報告について要望を文部科学大臣等に提出した旨が紹介されています。そのうち,文部科学大臣に提出した要望書が掲載されていました。

平成21年10月30日
文部科学大臣
 川端 達夫 殿
財団法人日本博物館協会
会長  竹 内 誠
地方分権改革推進委員会第3次報告について(要望)
このたび、地方分権改革推進委員会は、第3次勧告において、博物館の登録制度について提言しているが、当協会は、下記により博物館の登録制度については現行制度を維持されるよう強く要望します。
(1)博物館は、国・公・私立を問わず、地域住民のみならず、広く地域を越えて活用されるものであり、登録制度は、博物館法第2条第1項の博物館の定義に基づき、博物館の共通的な一定の要件を定め、この要件を具備する博物館を都道府県が登録するものである。従ってこの制度は博物館の一定のステイタスを示し、わが国博物館制度の根幹を成すものである。
 これに対し、第3次勧告は、登録博物館が都道府県ごとに質的格差を生ずるなどの混乱を招く結果となることが予想され、全く理解しがたい。
(2)欧米はもとより中国、韓国などアジアの博物館との協力連携への機運が高まっているなど、博物館界においても国際化が進展する中、このたびの韓国により、わが国の博物館が全国共通の制度ではなく、都道府県が異なる要件を定めることになれば、資料の存在、学芸員の配置、建物の存在の必要性というものが登録博物館の括りの中でバラバラとなり、日本の博物館の国際的な信用失墜につながるものとなる。
(3)現在特例民法法人が設置する登録博物館は、必要な建物及び土地の固定資産税等に対し非課税措置を受けている。博物館界において私立博物館はそれぞれの特色をもって、我が国の文化を保存し、継承・発展に大きな役割を果たしてきており、博物館活動に供する固定資産の免税は、是非とも必要な措置であり、全国的な登録基準の根拠となる条文は、きわめて重要である。

(1)については,例えば東京都であれば,国立新美術館や様々なギャラリーのように,自ら資料を収集し保存することがない施設すら,登録博物館になる可能性があります(正確には,国立新美術館独立行政法人立なので,博物館法上,登録博物館にはなれませんが)。
 国民共有,人類共有の財産の共有保管庫としての博物館という根本概念が崩れる可能性がありますね。もちろん,資料や学芸員の有無を問わないということになってしまったら,資料の取り扱いや保存機能,展示の質などの格差は生じるでしょうが,それ以上に根本概念が崩れることが問題でしょう。
(2)で,そのあたりについて触れているとも読むことができそうです。
(3)の私立博物館については,もちろん税法上の措置についての問題は運営上大きなことです。館の閉館・廃止,資料の国外流出・散逸等の増加が懸念されます。個人的には,そもそも私立博物館は都道府県という地理的な拡がりとは独立して存在すると思っており,そのこととの齟齬の方を大きく感じていたのですが,まあ,それについては(1)で触れているようです。


博物館が資料をとにかく将来に向けて保存していることは,おそらく多くの人が知っていると思うんです。今回の勧告には,その機能を揺るがさんとする危険性があるわけです。


実の話,私は,何らかの価値付けされたモノたちが,将来に向けて保存されることは大事なことだと思っています。でも,大事なことだと思っていない人も多分結構いるのではないか。そして,それは思想史上も,決してどちらが正しいという問題ではない。
大事だと思っている人だけがお金を出し合って保存すれば良いというのも一つの主張になり得るから。
現時点では,パターナリズムと言うことではなく,一人ひとりが主体となって社会・国家を構成する民主主義社会,民主主義国家の実現をベースに,地球人口増大等の諸状況の中で,もう一度博物館の存在意義を考えられればよいと思っています。(能力的に困難ですが)

12月3日追記

昆虫担当学芸員協議会による声明。

平成21年11月25日

内閣総理大臣 鳩山 由紀夫 殿
 内閣府特命担当大臣(地域主権推進担当) 原口 一博 殿
 内閣府地方分権改革推進委員会 委員長 丹羽 宇一郎 殿
 内閣府地方分権改革推進委員会 事務局長 宮脇 淳 殿
 総務大臣 原口 一博 殿
 文部科学大臣 川端 達夫 殿
 衆議院内閣委員会 委員長 田中 慶秋 殿
 衆議院文部科学委員会 委員長 田中 眞紀子 殿
 参議院内閣委員会 委員長 河合 常則 殿
 参議院文教科学委員会 委員長 水落 敏栄 殿
 文化庁長官 玉井 日出夫 殿
 日本学術会議 会長 金澤 一郎 殿
 全国知事会 会長 麻生 渡 殿
 全国都道府県議会議長会 会長 金子 万寿夫 殿
 全国市長会 会長 森 民夫 殿
 全国市議会議長会 会長 五本 幸正 殿
 全国町村会 会長 山本 文男 殿
 全国町村議会議長会 会長 野村 弘 殿

昆虫担当学芸員協議会
 


博物館施設支援のお願いと博物館法見直しに対する反対声明


博物館施設に勤務する専門職員の私達は、諸外国に比べて極端に劣悪な環境と水準にある博物館施設に対する支援を要請するとともに、内閣府地方分権改革推進委員会の提出した第3次勧告における博物館法見直しに断固反対する。
入館料は原則無料と規定され、図書館などと同様な社会教育・生涯学習施設と位置づけられている博物館施設は、最近では「赤字垂れ流しなハコモノ」などと揶揄されて、経費削減の対象となっている。多くの地方自治体による歴史資料館などの設立により、我国の博物館施設の数だけは、諸外国に並ぶほどの規模に達してきた。しかし、その内容は実に貧弱なものである。当協議会が調査した市民一人当たりの分担費用は、欧州の約1/30となっている。これは教育基本法・社会教育法・博物館法に基づく博物館施設の理念に反する設立と運営形態の変更が続いた結果にほかならない。特に、最近の指定管理者制度の導入と独立行政法人化は、大きな弊害を生み出した。博物館施設の現場で働く私達にとっては、行政官僚による天下り先の確保と博物館施設の消滅をねらった策謀としか思えない。博物館施設の運営システムの弊害を是正し、本来の理念に沿った施設構築への支援と路線変更をお願いする。
こういった現状に加えて、内閣府地方分権改革推進委員会の第3次勧告において、博物館法第12条と第21条に関する廃止または条例への委任を勧めている。博物館法第12条は、博物館資料、学芸員などの専門職員、建物と土地の位置づけを規定する博物館の根幹を定めた法規の一つである。勧告が示すように、この法規が廃止または条例委任された場合、登録審査に関する具体的な要件が明示できなくなることで、博物館の実態が空洞化・形骸化する可能性がある。審査項目やその基準が条例に委ねられることとなれば、登録要件の審査について都道府県毎に基準や判断にばらつきが生ずることになる可能性が高く、博物館の質を全体として低下させるのみならず、地域的な不均衡を生じることも危惧される。こうした動向は、国の政策として芸術や文化の更なる振興と生涯学習の拡充を掲げる一方で、その一翼を担うとされている博物館施設について、現行法およびその運用、関連する行政通達等で維持されてきた、博物館施設の質の担保を目的とする登録博物館制度の根幹を破壊する改悪にほかならない。
また、博物館法第21条の博物館協議会委員の資格に関する条文の一部の廃止または条例委任は、博物館協議会の文化的専門性の低下を招くと同時に、昨年の第169回国会において、博物館利用者を代表する者の参画を積極的に進めるために同条を改正した意味を損なうものである。
博物館法に関する議論は、我国が博物館施設を高い文化的・学問的水準で築き、優れた社会教育・生涯教育のもとに市民を育てるという理念に戻るべきである。今回の改正勧告は、ただでさえ低い我国の博物館施設の水準を益々危うくする可能性をはらんでおり、当協議会はその採択に強く反対する。もとよりこの意見書は、地方分権の趣旨そのものを否定するものではなく、野放図に予算を食いつぶす現状を改革することに賛成するものである。しかし、指定管理者制度の導入と独立行政法人化という冬の時代をむかえて、破滅寸前の博物館施設にとどめをさす暴挙を到底容認することはできない。

「博物館施設の現場で働く私達にとっては」とあるように,博物館「施設」が社会にとってどのような意義がある「施設」であるか,熱く表現されています。ほぼ全面的に賛同しますが,一つだけ。なぜ「博物館」でなく,わざわざ「博物館施設」としたのかがわからない。

2010年1月14日追記

2009年11月5日付で全日本博物館学会が「地方分権改革推進委員会第3 次勧告における博物館法の見直しに対する反対声明」を出しています。
2009年11月16日付で自然史学会連合が「地方分権改革推進委員会第3次勧告の博物館法見直しに対する反対声明」を出しています。
2009年11月21日付で日本民俗学会が「地方分権改革推進委員会第3次勧告における博物館法の見直しに対する反対声明」を出しています。
2009年11月24日付で美術史学会が「地方分権改革推進委員会の第3次勧告における博物館法見直しに対する反対声明」を出しています。
2009年12月5日付で,日本民具学会が「地方分権改革推進委員会第3次勧告における博物館法見直しに対する反対声明」を出しています。
2009年12月5日付で,地方史研究協議会が「地方分権改革推進委員会の第3次勧告における博物館法見直し勧告を受け入れないよう求める要望書」を出しています。
2009年12月18日付で,日本地球惑星科学連合が「博物館法見直しの勧告に対する反対声明」を出しています。
2009年12月付けで,日本ミュージアムマネージメント学会が「地方分権化推進委員会第3次勧告に対する意見」を出しています。

2010年1月22日追加

文面は紹介しませんが,2010年1月22日の朝日新聞の科学欄に「博物館法改正にノー−分権委勧告に学会など『質が低下』」という記事が出ていました。

2010年2月17日追記

2009年12月の日本ミュージアムマネージメント学会による「提言」を見ると,多分,急ぎ作成したせいもあってしょうがないとも思いながら,いろいろと意見も言いたくなる。
(1)件名がどうも間違っている。
(2)「マネージメント学会は・・・地方分権化・・・に積極的に取り組んできました」と言うけれども,その「地方分権化」とは何かがわからない。また,「地方に委任していく方向性に賛成する」と言うけれど,「地方」って何?
 博物館のミニマムスタンダードを押さえた上で,公立・私立とも,設置者の権限と責任を拡大していくことは重要なことだと思いますが,「提言」の書きぶりを見ていると,公立博物館のことしか念頭にないのではと想像してしまいます。
(3)「国は博物館経営の『ガイドライン』を策定し」と言うけれど,なぜ「経営」?。
 マネージメント学会からしょうがないのかもしれないけれど,素直に「設置及び運営」(博物館法第1条)としなければ,文脈がつながらない。
(4)「博物館が本来の使命を遂行するためには」と言うけれど,マネージメント学会では「使命」という言葉を,個々の博物館のミッションとして捉えていたのでは?
 「博物館がその目的を達成するためには」と言えばよいのではないか。ちなみに蛇足ですが,「学芸員の配置」については,法第4条第3項で触れてありますので,直接は今回の「嵐」の話ではない。むしろ,眼目は,都道府県教育委員会が専門的観点から判断する際に,「必要な」学芸員その他の職員がいるかどうか,「必要な」博物館資料があるかどうか,「必要な」土地建物があるかどうかを見ることが必要不可欠ということです。
(5)「博物館が社会教育施設としての使命を果たすためには」と言うけれど,マネージメント学会では「使命」という言葉を(ry。
(6)「博物館協議会を置き」と言うけれど,そもそも必置規定などない。
 ここはほとんど文章が破綻していますし,しかも公立博物館のことしか考えていない。強いていえば,「公立博物館が社会教育機関として,学校教育との連携の確保や家庭教育の向上に資するためには,」とした方がよさそうです。
(7)私立博物館の項は,基本的にはこれで良いと思います。
 ただし,二つ目の文章までで改行すべきでしょう。「登録要件は,地方分権が促進された場合においても・・・」は,五つ目の文章にするか,本文に戻した方が良いのではないかと思います。


博物館の資料は人類共有の財産であって,博物館はすべての人に開かれるものである。それがグローバルスタンダード(国際基準)であって,我が国,そして各国において,博物館が人類共有の財産を守り,博物館が地球上のあらゆる人々に開かれるように措置する。そのために国権の最高機関である国会の議決により博物館法が成立しているわけです。
博物館の資料は当該地方自治体の独占物ではないし,博物館のサービスは当該地方自治体の住民だけに開かれているわけではありません。公立博物館を設置する地方自治体は,個々の博物館のミッションや運営形態はもちろんそれぞれ定めれば良いわけですが,人類共有の財産を守り,あらゆる人々に開かれていることだけは守らなければ,国際的には「博物館」の名に値しません。
一般財団法人一般社団法人宗教法人等が設置する私立博物館の方が,そのあたりの「グローバルスタンダード」については,はるかに配慮してきているように思います。もちろん,登録制度による優遇措置があることが大きいと思いますけれど。そして,ほとんどの私立博物館においては,地方自治体の境界は意味を持ちません。持っている資料はその地方自治体の独占物ではないし,サービスも地球上のあらゆる人々に開かれるのは当然だからです(地方自治体の外郭団体である財団法人が設置している私立博物館は,ちょっと感じ方が異なるでしょうが)。
マネージメント学会の提言書に戻りますが,「地方に委任していく方向性に賛成する」という「地方」って,一体何を言っているのか,まったく理解できない所以です。

2010年4月9日追記

4月9日の朝日新聞の記事から

博物館法の見直しは「困難」
地方分権改革推進委員会が,博物館法による登録要件の廃止か条例委任を求めていた問題で,文部科学省は現行制度からの見直しは困難とする回答をした。3月末の地域主権戦略会議に報告された。
 同法は博物館の登録要件として資料,学芸員その他の職員,建物及び土地などを定めている。地方分権委は,地方自治体の自主性を高める観点から見直しを勧告。だが,学術団体などから「博物館の質の低下を招く」と反対の声があがり,法を所管する文科省は「関係者の理解が得られない」ことを理由に見直しを実施しないとの判断を伝えた。

とりあえずは,博物館の質の維持のためには,ほっとしました。
現行法は,「資料,学芸員その他の職員,建物及び土地など」として,開館日数を除けば具体的なものは記載しておらず,「目的を達成するために必要な」資料等があることとしているだけで,「自主性」という問題ではなく,むしろ,博物館の定義に関する規定と捉えた方が妥当と思われるようなものです。
なお,博物館の定義ということであれば,いわゆるバーチャルミュージアムや,資料自体がデジタルデータであるもの等を念頭においた新たな議論が出てくることはありえるかもしれません。ただ,それはまた別の話。
そして,別な話として,博物館の質の向上については,認証制度を含め,今後議論が必要でしょう。その場合は,現博物館関係者だけでなく,支え,構成し,また利用する広い市民とともに,ということが理念上は望ましい。まあ「理念」ということで,実際にはいろんな形がありえます。