広島市現代美術館

この日記の2006年12月23日のエントリー「広島市現代美術館で副館長が今年度限りで辞任−指定管理者制度とのからみ?」にシカッさんからコメントをいただきました。
 また,新聞報道についても紹介いただきました。
ただ,どうも,マスコミの反応だけ見ていると,アメリカ・スミソニアンでのエノラ・ゲイの展示の反対運動を思い出してしまいます(この件については,猪野修治氏の「スミソニアン原爆展論争を検証する」(『科学と社会を考える土曜講座 論文集』第1集 1997年5月)が簡潔にして詳細にまとまっています)。
10月22日の中国新聞の記事から

広島上空に「ピカッ」の文字
21日午前、広島市の上空に「ピカッ」の白い文字が飛行機で描かれた。東京の芸術家集団が、平和を訴える作品制作として原爆を意味する言葉を表現したという。だが、市民や被爆者からは「不快だ」「気持ち悪い」との声が上がった。市現代美術館(南区)も関連の現場に立ち会っており、その判断にも批判が出ている。
 目撃した市民によると、小型機がスモークを出しながら飛行し、一帯に「ピカッ」の文字が浮かんだ。西区の女性(28)は「『ピカドン』を連想させる。不気味だった」と不安感を訴えた。
 企画したのは芸術家集団「Chim↑Pom(チン↑ポム)」。独自にチャーターした飛行機は午前7時半から正午まで、断続的に上空を飛行。5回にわたり「ピカッ」と描いた。メンバー平和記念公園(中区)から、原爆ドームと文字を一緒に収める構図で写真とビデオを撮影した。11月から市現代美術館で開く作品展に向けた創作活動という。リーダーの卯城竜太さん(31)は「被爆者を傷つけたとしたら心が痛むが、若者と戦争を知らない世代の関心を呼びたかった」と主張する。
 これに対し、広島県被団協の坪井直理事長(83)は「独り善がりのパフォーマンス。平和の訴えにはつながらない」と憤る。

この件については,新聞等の記事を見ると,次のように推移していったようです。

美術館の学芸員が関連の現場に立ち会っていたこともわかる。
22日朝,広島市の市民局長と広島市文化財団理事長が,美術館の神谷幸江学芸担当課長に「被爆者の感情への配慮が必要だった」と口頭で注意。
美術館長は22日,「学芸員が知っていながら止めなかった。おわびしたい」と陳謝。
22日,館長は芸術家集団のメンバーを美術館に呼んで市民に謝罪するよう求めた。
24日,芸術家集団の代表が被爆者団体等に謝罪。

謝罪の趣旨としては,事前に被爆者や関係者と思いを共有しなかったことであったとのこと。
 また,表現行為の意図は「原爆ドームと上空に浮かぶ文字を写真とビデオで撮影した。「ピカッ」という文字は、被爆者のトラウマ(心的外傷)の象徴と考えた。人類のトラウマとして残さないといけない、と思った。映像にして、平和について想像させる作品にしたかった。」とのこと。


被爆者からの抗議は,確かにあって当然の表現行為であったろうと思います。また,それに対して,表現者の側が,よりよい表現のために当事者と思いを共有しておくべきであったというのも,ありえるだろうと思います。
でも,原爆を思い起こさせるような表現行為を全て抑圧するのはどうなんでしょう。
原爆の記憶,それに附随する恐怖を,言論表現として国内・国外,将来にわたって伝えていくことは極めて大事ですが,その表現の一つとして,当然芸術活動もありえます。いや,芸術こそ,さらに心に強く訴えることができる可能性もあります。
この日記でも,La Nona Oraというインスタレーションについて,メモしたことがあります。まあ,当然抗議もある表現でしょうね。そして,見る人の感動や嫌悪,そして抗議も包含して,芸術が構成されていきます。La Nona Oraについて,私自身,或る程度の嫌悪感を持ちながらも,心に訴える強さは評価しています。今回の「Chim↑Pom」による表現は,まだ完成しているわけではないので,私的には評価も何もできませんが,原爆の記憶を訴える強い表現となった可能性はあると思っています。
その上で,どうも,今回の件では,学芸員や美術館が非難されるように語られているのが気になります。(一部の記事やブログでは(追記しました))学芸員や美術館に,芸術家の表現を抑圧し,または自粛することを求めているように感じます。
より良い表現のために,事前に当事者と思いを共有すべきであったと表現者が反省するのは自由です。
 でも,学芸員や美術館は,事前に表現者が当事者と語っていないからといって(短絡的に(追記しました))表現者の活動を抑圧していいはずはありません。


まあ,今回のケースも含め,様々なコンフリクトを通して,抑圧的ではなく,学芸員・美術館と市民のコラボレーションが進むことを期待します。

10月26日の読売新聞広島版の記事から

黒い花火 原爆ドーム周辺 追悼込め1000発
原爆犠牲者への追悼と平和への祈りを込めた黒色の花火約1000発が25日午後、広島市中区原爆ドーム周辺の上空に打ち上げられた。
 広島市現代美術館と中国人現代美術家の蔡國強(ツアイグオチャン)氏が企画。「武器にもなる火薬が、平和や芸術に生かせば人を癒やす力も持つ」と、核を保有する現代社会への警鐘も込めて黒で色づけた火薬を使用した。
 午後1時、本川の川べりから花火が一斉に打ち上げられると、元安橋付近から望む原爆ドーム左手に次々と黒い雲のような煙が広がった。蔡さんは「感動的だった。歴史や地元の気持ちを大切にしながら自分のコンセプトを伝えたい」と話していた。
 見た人の反応は様々。広島市安佐南区長楽寺、大学院生前田由芽さん(26)は「原爆を連想して少し怖かったが、アートだからこそ担える役割とも思う」と話した。親族に原爆の犠牲者がいるという府中町大須、会社員銭谷賢一さん(57)は「音や煙が被爆者らに体験を思い出させる可能性もある。平和を伝えるのが目的なら別の表現方法でもいいのでは」と指摘した。

同じく10月25日の朝日新聞の記事から

ヒロシマ賞受賞作家、原爆ドーム上空に黒い花火打ち上げ
現代美術を通して世界へ平和を訴えた芸術家に贈られる「ヒロシマ賞」(広島市朝日新聞社など主催)の第7回受賞者で中国籍の現代美術作家、蔡國強(ツァイ・グオチャン)さん(50)=米国在住=が25日午後、広島市中区原爆ドーム付近の河岸で黒い花火を打ち上げるプロジェクトを行った。原爆の犠牲者への哀悼と鎮魂の意が込められているといい、約千発の黒煙火薬を使った花火がドーム上空で炸裂(さくれつ)する様子を多くの市民らが見守った。・・・

蔡國強氏については,広島市のサイトの「第7回ヒロシマ賞受賞作家の決定について」で詳しく紹介されています。

当日追記

miminohaさんのはてなダイアリーのエントリー「被爆三世だけど,「ピカッ」の件について考えたよ(1)」など,様々な人が,様々な形でこの件について書かれていますので,ぜひ,あわせてお読みください。miminohaさんのエントリーでは

表現の自由」を守るために見えない敵と戦っている方も多いようです。広島市側(市民,自治体,被爆者団体および地元紙)には表現(創造)の自由を制限する意志がないことに注意してください。むしろ,中国新聞の記者が「表現行為をするにあたり、市民の反発を招き、逆に表現の自由を規制する風潮を生みかねないとの懸念を持ちませんでしたか」と今回の騒動によって表現の自由が制限されることを懸念しているくらいです。

歳月の経過による被爆者の減少を乗り越えて,被爆体験を風化させず,いかに伝承していくかという問題に,両市は積極的に取り組んできました。今回の騒動も,残念な結果にはなってしまいましたが,原爆を題材とした「平和について想像させる作品」を制作する現代美術家を支援するという広島市の前向きな活動であるとご理解ください。

言明することで表現の自由を制限することを避けるために,市民および被爆者団体は不快と述べるに止めたと考えています。僕自身も同様の立場です。

ともあります。