日本学術会議対外報告『文化の核となる自然系博物館の確立を目指して』
科学新聞2月1日号から
博物館法改正へ提言、教育・学術的視点で評価
日本学術会議の基礎生物学委員会・応用生物学委員会・地球惑星科学委員会が合同で設置している自然史・古生物学分科会は、対外報告『文化の核となる自然系博物館の確立を目指して』を公表した。
分科会では、国内の自然系博物館が抱える問題を検討。博物館の評価の焦点が財政面に当てられている現状や博物館法改正への危惧、人材育成等について審議し、法改正に向けての提言をまとめた。
国や地方自治体での財政支出削減、国内経済の伸び悩みなどにより、各博物館における予算も縮小の一途を辿っている。また把握しやすい利用者数が博物館評価に用いられ、誘客や遊興的機能が重視される傾向にある。こうした中、博物館法の改正が予定されている。
現行の博物館法では、博物館は『特定分野の資料を収集・保管し、学芸員などの専門職員が調査研究をし、資料の展示公開を行う』と定義されている。科学館や水族館なども条件を満たせば、博物館として登録できるが、コレクションの収集・管理や専門職員による調査研究が行われていないため、それら多くの館は登録の対象外だ。法改正に向けた検討会では、『資料』の再定義や専門職員である学芸員資格制度についても話し合われている。
自然史博物館や動物園・水族館など自然系博物館は、地域における生涯学習やレクリエーションの場としての期待されている。その一方で、国全体で起こっている財政危機から、コレクションの収集・管理や調査研究の重要性よりも独立採算制が強められ、指定管理者制度が全国的に導入されている。
自然科学の研究、特に博物学は、ヨーロッパにおいて盛んに行われており歴史も長い。そのため博物館は、研究対象である資料を収集・管理する重要な拠点と考えられている。近年、新たな分析法が考案され、適切に保管されていた過去の生物からDNA等を抽出して研究に用いている例もある。このような標本コレクションは、重要な資料だが、昨今の日本では経済効率が重視され、コレクションの維持が難しい現状になっているという。
分科会では、戦後、博物館法によりコレクションと調査研究、展示、教育を行う博物館が全国各地に整備されるための重要なきっかけになったとしつつも、博物館の質的審査や機能維持に欠かせない財政援助が不十分であったと指摘。博物館法の理念から外れた、遊興施設的な類似施設の乱立を招いた一因にもなっていると推測。法改正で資料収集・管理、調査研究体制が脆弱な類似施設の一部が登録博物館になり、自然系博物館の文化的低質化や遊興施設化が加速される可能性があるという。
そこで、博物館の認定、登録基準については、モノを集め、知が集い、人が集うという本質的な機能を持った博物館を登録博物館とすべきであるとし、また学芸員には大学院レベルの教育が必須であり、そのためには大学と密接に連携すべき。博物館の評価についても教育や学術的視点からの評価を重視すべきで、サイエンスコミュニケーターを介在させ、地域の教育の場とするために、初等中等教育との連携も重要であると指摘。文化の核としての博物館が娯楽・遊興施設に堕しないために、現状の追認につながる方向の法改正は考え直すべきであると提言している。
対外報告のオリジナル(日本学術会議のページ)はこちら。
博物館,特に自然史系博物館が,単なる展示館,アミューズメント施設ではなく,生物多様性研究などの様々な自然研究の基盤となる重要な機関であることが高らかに表明されている報告ですね。
千葉県立中央博物館や神奈川県立生命の星・地球博物館など,研究体制を整備し,地域の自然,生物の多様性を明らかにする努力を積み重ねている博物館は多数あります。神奈川県立生命の星・地球博物館は神奈川県版レッドデータ作成の中心的役割を果たしていますし,千葉県立中央博物館は千葉県生物多様性戦略の推進の核となることを目指しているようです。
しかし一方,東京都は,すでに高尾自然科学博物館を閉館・廃止し,大阪府は府立博物館の廃止を含めた見直しに着手する様子(自然史系の博物館は大阪府は持っているんでしょうか。寡聞にして知りません)。
ただ,地方行政,国行政だけを責めてもしょうがない。タックスペイヤーである住民の理解も得なければ何ともなりません。
日本学術会議が,自然系博物館の重要性を説こうとしても,知事がポピュリズムの権化となって,研究機能のそぎ落としや廃止を掲げ,推進することはなかなか止められません。
博物館が行政とともに,公立博物館という機関の機能を日常的に,積極的に表明していくことが大事だなと思います。
横浜の歴史博物館や開港資料館のネーミングライツ(命名権)騒動では,市長が中心となって市行政が命名権導入を推進し,博物館と市民が反論していくという構図になりました。ただ,もし,突発的に現時点で市民にアンケートを取ったら,命名権導入を賛成する市民の方が多いかもしれません。
それでも,市行政が命名権導入を止めたのは,命名権導入により寄贈その他の市民の支援が減少する可能性が見えたことと,そのことにより,現在,そして将来に引き継ぐ横浜市の歴史・文化と文化財の価値が減少する可能性が見えたことによるのではと考えます。
公立博物館が研究機能,コレクションの収集・保管機能を持ち続けることによる受益者は単に現在の時点での市民だけではありません。そのことを,行政が理解し,そして博物館が行政とともに博物館の重要性を表明していく。そんなふうになればいいですね。