沖縄県立博物館・美術館で,企画展で展示予定だった天皇コラージュを封印

4月14日の毎日新聞の記事から

沖縄県立博物館・美術館>天皇コラージュ展示せず 沖縄県教委と博物館・美術館 企画者に自粛要請
沖縄県教委と沖縄県立博物館・美術館(那覇市)が、同館の美術展で展示予定だった昭和天皇の肖像写真を使った版画14点について「教育的な配慮が必要」として、出展しないよう企画者に要請し、企画者側が応じていたことが明らかになった。
 県教委などによると、美術展は問題の作品群を除外し、11日に開幕している。企画者は、昭和天皇の肖像写真を尾形光琳の作品の断片や女性のヌードなどとコラージュして版画化した大浦信行氏の作品「遠近を抱えて」の出品を計画していた。
 これを知った県教委が1月、指定管理者(民間)に「展示には教育的配慮が必要」と通知し、館長も「教育施設での展示にふさわしくない」と判断。企画者が最終的に出展を取りやめたという。
 「遠近を抱えて」を巡っては富山県教委が作品を非公開にしたことなどを巡り、大学教授らが提訴。1審・富山地裁は観覧拒否の違法性を認定したが、2審・名古屋高裁金沢支部で00年、「違法性はない」とする逆転判決が出ている。【三森輝久】

4月14日の琉球新報の記事から

天皇モチーフ作品」外す 憲法9条企画展
県立博物館・美術館で開催中の憲法9条を主題とした展覧会で、昭和天皇の写真を用いた作品が、県教育委員会や県立博物館・美術館などから「教育的観点から配慮してほしい」と要請され、展示されなかったことが13日、分かった。同作品を制作した作家は「表現の自由を否定するもの」と批判。同館は「公正中立なものを扱うなどの観点から、適切でないと判断した」と話している。
 展示されなかったのは、大浦信行さん(神奈川県)が自画像として昭和天皇の写真やキノコ雲、女体などをコラージュした連作版画作品「遠近を抱えて」14点。展覧会は昨年1月に米ニューヨーク、同年8月に東京で開催し、今月11日から「アトミックサンシャインの中へin沖縄−日本国平和憲法第9条下における戦後美術」(文化の杜共同企業体、県立博物館・美術館主催)として始まった。
 同展を企画した外部キュレーターの渡辺真也さんによると、1月末に主催者側から大浦さんの作品を取り下げてほしいと言われ、協議を重ねた結果、2月末に同作品の出品を取りやめることで開催合意に至ったという。
 同館の牧野浩隆館長は「作家の自由な活動を否定する立場にはないが、沖縄の教育施設であり、公正中立なものを扱うなどの観点から総合的に見て(展示は)適切でないと判断した」と説明。金武正八郎県教育長は「(主催者側には)教育的観点から配慮をお願いした」と述べ、具体的な理由については言及しなかった。
 同作品は1986年に富山県立近代美術館で展示され、県議会議員や右翼から批判を受けた美術館が作品を非公開にし、後に売却、図録470冊を焼却処分したことでも知られる。
 今回の件について大浦さんは「展示前だったとはいえ、富山県と同様、表現の自由の否定だ。米軍基地が集中するなど戦後日本の縮図である沖縄で起きたことが問題だ」と話している。
 同館の指定管理者である文化の杜共同企業体は「わたしたちは展示のスポンサーであり、美術館に沿った展示を求めるのは当然。契約以前の交渉段階の話であり、渡辺さん自身の判断で大浦さんの作品を外しただけだ」とコメントしている。

4月14日の沖縄タイムスの記事から

天皇題材の作品外す 県立美術館「九条」展
開催前 館長ら要望/識者問題視「表現を制限」
県立博物館・美術館(牧野浩隆館長)で開催中の「アトミックサンシャインの中へin沖縄 日本国平和憲法第九条下における戦後美術」(主催・文化の杜共同企業体、同館)の展示から同館などの事前の要望で、昭和天皇をモチーフにした作品が外されていることがわかった。識者からは「公権力が、表現の自由を制限することになる」と問題視する声が上がっている。
 これまで米ニューヨークや東京でも開かれた「アトミックサンシャイン」展は昭和天皇の写真をコラージュにしたアーティストの大浦信行さんの作品が含まれていた。関係者によると、2008年11月ごろから、企画したインディペンデント・キュレーター(フリー学芸員)の渡辺真也さんと同館を運営する文化の杜が交渉していた。しかし大浦さんの作品について、同館や県教育委員会が問題視、2月上旬、最終的に作品を外した内容で開催に合意した。
 牧野館長は、「(大浦作品は)県立美術館で、県の予算を使って展示するのは、総合的にみて、ふさわしくないと判断した。事前に交渉しており、先方が合意したから開催することになった。検閲ではない」と説明。判断基準は「総合的としか言えない」とした。牧野館長と協議し、決定した県教育委員会の金武正八郎教育長は「教育的観点から配慮をお願いした」とだけ述べた。
 渡辺さんは「県が、固執するなら開催は認められないとしたため、やむなく出品を取りやめた。本意ではなかった」と説明した。作者の大浦さんは「日本全体が天皇表現に関してタブー視するようになったという体質そのものが大きな問題だ」と渡辺さんを通じてコメントを寄せた。
人々の鑑賞機会奪う
奥平康弘東大名誉教授(憲法) 専門家が展示すべきだと判断したものを、芸術に詳しくない公権力者が政治的判断で公開しなかったとすれば、表現の自由の重大な侵害だ。美術館側は事前交渉の段階だったため問題ないと主張するかもしれないが、問題が表面化する前に人々の鑑賞の機会を奪った点でむしろ悪質ともいえる。美術館が「裁量」の名の下に成すべきことをしていないのではないか、しっかりチェックする必要がある。
写真展でも一部非展示 館長の判断で
県立美術館で2月17日から開催中の「石川文洋写真展 戦争と人間」(主催・同館)でも作品の一部が「人間の尊厳や倫理にかかわる問題がある」との理由で非展示となっていることが13日、分かった。
 同写真展は報道カメラマンの石川文洋さんが、ベトナム戦争を撮影した50枚を展示。そのうち、米兵がバラバラの遺体を手にしてたたずむ作品「飛び散った体」が展示されなかった。本来同作品が展示されるはずだったスペースに「館長の判断により非展示」とする内容の張り紙が張られている。
 石川さんが非展示を知ったのは写真展初日。学芸員から「館長の意向で同作品は倫理上の観点から展示しないことになった」と電話連絡を受けたという。
 石川さんは「公開した50枚は戦争の残酷さを表現している。戦争は人間の尊厳が破壊される行為であり、非展示になった作品もその一つ」と疑問視する。県には非展示の理由を文書にしてほしいと申し入れた。現在までに返答はない。
 非展示となった作品を含む同写真展は、過去にも沖縄市役所ロビーや読谷村立の文化ホールなどで開催されたが、問題はなかった。

沖縄県立博物館・美術館の指定管理者である文化の杜共同事業体の代表企業である沖縄タイムスがかなり詳しく報じていることは好感が持てます。
何を展示し,何を展示しないかを決めるのは基本的にキュレーターの責任。今回の場合は沖縄県立博物館・美術館も共同主催の一員ですから,館長も同様の責任を持ちます。設置者である教育委員会には,あんまり口を出してほしくはありませんが,設置者の責任がありますから口を出すこともありえるでしょう。
そのキュレーターと館長,そして設置者が「展示しない」と判断するのも彼ら自身の責任でできることです。
そのことで,美術界から,美術館界から,市民から,どれだけくだらない美術館,くだらない設置者と思われても,それも彼らの責任です。

インディペンデントキュレーターの渡辺氏は,大浦氏コメントも含め,経緯を説明するなど,一定の説明責任を果たしています。しかし,県美と県教委はどうか。
いずれにせよ,沖縄県立美術館の館長や沖縄県教育委員会(事務局)の美術・文化への理解,表現の自由への理解がこんなレベルだとは。そのくだらなさに呆れてしまいます。

4月16日追記

4月16日の琉球新報の記事から

表現の自由」めぐり波紋 県立美術館の一部作品除外
県立博物館・美術館で開催中の展示をめぐって、一部の作品が同館の要求で展示されない事態が起きている。同館は展示しなかった理由について具体的な説明をしていない。専門家から「検閲だ」との指摘も出るなど、同館の姿勢は美術表現の自由に対して不透明さが残る。さらに今回の事態で見えてきたのは、美術館の在り方にとどまらず、企画者の置かれている状況や作品発表でほんろうされる作家の立場など、美術表現の場を取り巻く複合的に横たわる問題点だ。
■「事前交渉」
 発端は「アトミックサンシャインの中へ 日本国平和憲法第九条下における戦後美術」と題する企画展の沖縄開催を同館が企画者側に打診した際、東京とニューヨークの会場では展示されていた大浦信行氏の昭和天皇の写真を用いた版画作品群「遠近を抱えて」の全作品を展示から除外するよう要請したことに始まる。
 2008年11月末、同館指定管理者の文化の杜企業共同体が企画者の渡辺真也氏に開催を打診した。その際に大浦氏の作品について話があると伝え、同館など主催者側は今年1月の会合で大浦作品の展示除外を要請した。渡辺氏は版画に代わって大浦氏の映画作品上映を提案し、同館側と合意したが、大浦氏が「問題のすり替えだ」として拒否し、最終的に大浦作品を取り下げることで渡辺氏と同館が合意、同館側が予算を出す形で沖縄展の開催が決まった。
■妥協で開催
 大浦氏の作品取り下げを受け入れたことについて渡辺氏は「開催前提に動こうと言われ、かなりのリスクをもって進めていた。他の作家もいる中、すべてを取り下げて別の会場を探すにはかなりの資金と時間が必要だった」と話し、開催実現で進むしかなく、妥協せざるを得なかった胸の内を明かす。
 大浦氏の作品を除外したことについて牧野浩隆館長は美術作品を果物に例えながら「痛んでいる果物があって、はずしてはどうかと言ったら先方がはずすと決めた」と述べ「こちら(施設)を使わせるためのことで、表現の自由を制限してはいない。企画者と合意したもので、具体的に説明する必要はない」と、対応に問題はないとの姿勢だ。
 「遠近を抱えて」は、展示した富山県立近代美術館が、右翼などの批判を受け作品を非公開にするなどしたことで知られる。この件に詳しい富山大学の小倉利丸教授(現代資本主義論)は今回の展示除外について「姿を変えた検閲という意味で非常に悪質だ。本来、美術館の管理者は教育委員会など外の圧力を押しとどめ、擁護しないといけない立場にある」と、管理者の在り方に疑問を呈する。
 同館による展示作品の一部除外はほかにもある。現在開催中の「石川文洋写真展」(同館主催)でも、ちぎれたベトナム人の遺体を手に取る米兵を写した作品「飛び散った体」について、牧野館長が作家の同意を得て非展示とした。
 石川氏は「納得したわけではない。だが一点にこだわってこじれるより、残り49点を見てもらうことが大切なことだと思った」と静かに語る。「芸術を扱う美術館が、なぜ自主規制のようなことを先走ってやらなければいけないのか」。大浦氏はそう述べ、悔しさをにじませた。(高良由加利)

"牧野浩隆館長は美術作品を果物に例えながら「痛んでいる果物があって、はずしてはどうかと言ったら先方がはずすと決めた」と述べ..."
牧野浩隆氏がどんな人がぐぐってみました。
1999年1月8日の琉球新報の記事「牧野氏の起用発表、副知事人事/稲嶺知事『経済全般に精通』」によると

1940年石垣市生まれ。64年大分大学経済学部卒、同年琉球銀行入行。68年カリフォルニアウエスタン大学院修士課程卒。取締役調査部長、取締役総合企画部長をへて、95年から常任監査役。沖縄振興開発審議会委員など国、県の各種審議会委員を歴任。著書に「戦後沖縄経済史」「戦後沖縄の通貨」「再考沖縄経済」。

とのこと。
博物館・美術館の館長に組織経営専門など,学芸の専門家以外の人が就任するのは否定しませんが,その際には,学芸を担当する専門職員(学芸員)の専門性を尊重すべきであろうと思います。
ただ,牧野氏は副知事時代の1999年,沖縄県平和祈念資料館の展示内容について,歴史の研究者等専門家による監修委員会に諮ることなく,直接展示施工を担当する乃村工藝社に展示内容変更指示を出していたという前例がありますから,そもそも館長にふさわしい人ではなかったと判断されるべきでしょうね。

関連ページ
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新県平和資料館の展示内容改ざんに沖縄県民の怒りが爆発

4月16日追記 イコム職業倫理規程(2004年10月改訂)

イコム職業倫理規定から,関連するかもしれない事項をメモ。
昭和天皇は,いまでも,特定の人々の宗教的信仰の対象なのでしょうかね。 そうだとすると,一定の配慮が求められるということもあるかもしれない。 難しいな。

1. 博物館は人類の自然・文化遺産のさまざまな側面を保存し,解釈し、促進する
基本原則:博物館は有形、無形の自然および文化遺産に対する責任がある。管理機関およ
び博物館の戦略的な指示と監督に係る者はこの遺産を保護し、助長する主たる責務を負う。

1.12 館長もしくは首長の任命
博物館の館長もしくは首長は重要な職であり、任命に際して管理機関は、その職責を効果
的に果たすために必要な知識および技能に配慮すべきである。これらの資格には、倫理行
動の高い基準に加えて十分な知的能力と専門的な知識が含まれるべきである。

1.16 倫理的矛盾
管理機関は、本「職業倫理規定」または国の法律もしくは専門職に関する倫理規定の諸条
項と矛盾すると考えられる行為を一切、博物館職員に要求してはならない。

4.博物館は自然および文化遺産を鑑賞し、理解し、それを促進する機会を提供する。
4.1 陳列、展覧会および特別な活動
陳列や展覧会は、それが物質的なものであれ電子的なものであれ、博物館の明確な使命、
方針および目的にしたがって行われるべきである。博物館は、収蔵品の質や適切な保管と
保存について妥協するべきでない。

4.2 展示物の解釈
博物館は、陳列や展覧会において提示する情報には十分な根拠があり、正確であり、それ
が象徴する団体や信仰に対して適切な配慮がなされていることを保証すべきである。

4.3 慎重さを要する資料の展示
遺骸および神聖な意味のある資料は、専門的な基準に従った方法で、知られている場合は
それらの資料が由来する地域社会、民族もしくは宗教団体の利益と信仰を考慮に入れつつ
陳列されなければならない。それらは、すべての人々が持つ人間の尊厳の気持ちに対する
深い察知と尊敬をこめて展示されなければならない。

4.4 公開陳列からの撤去
遺骸および神聖な意味のある資料を公開陳列から撤去するよう、それらの資料が由来する
地域社会から要求されたときは、尊敬と感性を持って迅速に応じなければならない。その
ような資料の返還の要求にもまた同様に応じなければならない。博物館の方針は、そのよ
うな要求に応えるための手続きを明確に示さなければならない。

8.博物館は専門的に事業を行う
基本原則: 博物館の専門職員は、受け入れられた基準と法を守り、彼らの職業の尊厳と
名誉を維持するべきである。彼らは違法もしくは反倫理的な専門的行為から公衆を守るべ
きである。
8.2 職業上の責任
博物館の専門職員は、勤務している博物館の方針と手続きに従う義務を負う。しかし、博
物館もしくはその専門職および職業倫理に損害を与えると思われる慣行にたいして正当な
反対を唱えることができる。