PFIの失敗か。近江八幡市立総合医療センター

11月12日の東京新聞の記事から

民活病院 青息 コスト減のはずが…赤字
民間資本を活用して公共施設を建設、運営する「PFI方式」を導入した公共病院が、経営難や赤字に陥っている。滋賀県近江八幡市総合医療センターでは、市と運営主体の特別目的会社(SPC)との間で、契約の見直しなどを協議中だが、平行線をたどったまま。「このままでは市が財政再建団体に転落する」との指摘もあり、市民が民活導入による高いツケを払わされる可能性も出ている。(名古屋社会部・島崎諭生)
医療センターは、黒字だった旧市民病院を移転新築する形で、大手ゼネコン・大林組が全額出資するSPCが建設し、2006年10月にオープンした。30年分の金利99億円などを含めた総整備費は244億円。
 市が医療業務を担い、SPCが保守管理や清掃、警備、病院給食などを受託している。30年後に市が施設の無償譲渡を受ける契約で、市は直接経営と比べ68億円の節約になると試算していた。
 だが、「新築となって上がる」と見込んでいた病床利用率が横ばいにとどまったため、増えた減価償却費を収入で補えず、2007年度に27億円の赤字を計上。一方、SPCに委託し、市が税金から支払う保守管理や清掃などの年間費用は、旧病院時代の6億6千万円から、15億4千万円に膨らんだ。
 有識者らを招いて設けられた検討委員会は今年1月、「経営計画がずさんで、このままでは市が財政再建団体に転落する。SPCに委託業務の見直しを求め、できない場合は契約を解除すべきだ」と提言。市は同2月、金利を削減するため施設を一括で買い取ることや、委託業務の一部見直しを申し入れた。
 これに対し、SPCは「経営悪化は、契約変更や解約を認める理由に該当しない。30年契約を結んでおり、巨額の違約金が発生する」と反発している。
◆運営の3病院不振
 内閣府によると、全国で運営しているPFI方式の公立病院は近江八幡市総合医療センターを含めて4カ所。うち3カ所が赤字となっている。
 公立病院で初めてPFI方式を導入した高知医療センター高知市)では、初年度の2005年度から病院収支の赤字が続き、3年目の2007年度も当初見込みを約2億円上回る約18億9千万円の赤字となった。
 大阪府の八尾市立病院も、医師不足などから医業収入が低迷し赤字が続くが「導入で一定の経費削減効果はあった」という。島根県立こころの医療センター(出雲市)は今年2月に開院したばかりで収支状況が出ていない。
 近江八幡市総合医療センターの検討委員を務めた城西大経営学部の伊関友伸准教授(行政学)は「PFI方式がすべてうまくいくと考えると間違える。病院ではすべてを委託できず中途半端になりがちで、契約が長すぎるのも問題だ」と警鐘を鳴らす。
<PFI> プライベート(民間)ファイナンス(資金)イニシアチブ(主導)の略。民間の資金や経営ノウハウを活用して公共施設などの社会資本を整備する手法。事業コストの削減や、質の高いサービス提供ができるとされる。英国で誕生し、日本では1999年にPFI法が施行され、小泉政権下で積極的に導入されてきた。内閣府によると、同方式を導入したり、導入を計画している事業は、刑務所や図書館など318件ある。

近江八幡市総合医療センターについては昨年末からずっと話題になってきました(この日記でははじめて)。
「民間事業者の資金、経営能力及び技術的能力の活用による効率的な病院整備・運営の実施と、市民に対する創意工夫に満ちた良質な病院サービスの提供の実現を目指」して,PPPの一つであるPFI(BOT:build-operate-transfer)制度を導入したものの,経営状況の悪化,自治体財政への影響が明らかになってきたものです。PFI導入前の昭和50年度から平成15年度まで、30年間余りにわたって黒字経営を続けてきた総合医療センターに何があったのか,今後どうなっていくのか,贈収賄事件でオリックス関連会社社員が逮捕された高知医療センターのPFIの事例も含め,今後も見ていきたいものです。

近江八幡市立総合医療センターのあり方検討委員会提言
近江八幡市立総合医療センターのあり方検討委員会提言のまとめ(豊中市伊丹市クリーンランド労働組合さんによるまとめです。簡潔なので,まずこちらからどうぞ)

地域の医療拠点として,センターの職員は真摯に取り組んでおられます。あり方検討委員会での院長代行の発言からも,PFIによる風評被害への懸念が感じられます。
あり方検討委員会の設置,議事録・提言の公開など,近江八幡市行政の真摯な取り組みも感じるところですが,院長代行の発言を読むに付けても,近江八幡市には引き続き,主体的な取り組みを期待します。

院長代行の発言から
PFIの是非について、職員には選択の余地はほとんどなかったという状況でPFIに踏み出しております。・・・
旧病院でも委託業務を十二分に活用いたしまして黒字経営を長年続けてきました当院にとりまして、SPCという組織が本当に必要かどうか、日々考えさせられている状態でございます。多くの委託業者を効率的に統括する組織は必要だと思いますが、民間の方がよいかどうか。これはSPCの管理運営能力によるかと思います。・・・日常の医療業務に共に歩むパートナーといたしまして、医療安全に関連する滅菌業務、医業収益に関連します医事業務、それから医療コスト管理に関連する物流管理業務、この3点あたりは特に問題があるかと現場では感じております。・・・医療・病院運営にとりましては心臓部というような業務でございます。この業務に造詣が深いSPCかどうかが命運を分けるかと感じております。
民間の智恵、ノウハウの発揮はなかなか実感しがたく、また独占一社による競争原理が働かないことによる質の問題と、割高感などが現場からの声ということで上がってまいっております。コストに見合った内容か、綿密な検証が必要だということでモニタリングの話もあるわけでございます。もし万が一、PFIを見直せと言われれば、どの分野か。また、その際、我々職員がやっとのことでここまで築き上げたSPCとの業務のあり方を一から見直すということになりますと、新たな委託業者との関係を築くというようなこと等も発生いたしますので、職員にとり多大な仕事が待ち受けていることを覚悟しなければなりません。・・・
2つ目のポイントでございます。・・・病院を新築移転するという市の一大事業について、財政面のシミュレーションや医療計画を初め、市行財政がどのように計画性を持って取り組んできたのか、大いに疑問ではないかと思っております。・・・四、五十年に及ぶ当院の運営が非常に優秀なものであったため、市行政は病院運営への関与や財政的援助をほとんどせず、独立採算に近い運営が続けられてまいりました。国から市へ交付された病院運営に関連する交付税が、どの程度実際に病院側に渡されていたのでしょうか。当院の記録では、昭和43年ごろから正確な記録が残っております。物価も異なりますが、200万円程度から始まりまして、実際、1,000万円台から数千万円台で経過し、やっと平成5年から2億円となっております。一昨年まで、この額で来たわけです。ごく最近の2億円となってからで見ましても、国から市行政に下された交付税にうち、1から2億円程度が、病院ではなく、市の運営資金として使われ、平成4年以前はもっと多くのお金が病院へは入らず、市でとめ置かれたのではないかと病院職員は考えているところでございます。
市民の皆様方には、これから多額の税金を投入しないとやっていけない病院という思いをお持ちかと思いますが、今まで国から下されるお金のうち、病院に分配すべきお金が市一般行政に回され、市民生活の助けになっていた部分があり得るという事実も知っておいていただきたいなと思っております。このお金を病院新築のための資金として計画的に貯金しておけば、何十億円となり、今回の騒動はなかったかもしれません。・・・また、病院前の道路整備費用なども、我々病院職員が稼ぎ出してお支払いしなければならないのも疑問に感じております。数十年及ぶ優秀な運営のために、何も手がかからなかったというか、逆に国から市のためにお金をとってきてくれる存在と勘違いされていたというような病院が、新築という大規模でお金が必要になったと、今になってこのような騒ぎになっております。・・・
最後の3点目でございますが、病院職員にできること、それは地域医療のまさに中核として貢献すること以外にありません。・・・1年を経過いたしまして、医療現場はやっと慣れ、本格的にアクセルを踏んでパワーアップするという意気に燃え、非常に元気です。この点、市民の皆様にはご安心いただきたいと思います。
特筆すべきは以下の4点です。病院機能評価(Ver.5)も間もなく認可となろうかと思います。1年経って、全員の頑張りでペーパーレスの電子カルテにも慣れたということです。ただ、特に医師の負担感はこの電子カルテにより非常に大きくなったということもご報告しておきます。3点目に、DPCという包括医療制度にも前向きに取り組んでおるところでございます。4点目、急性期医療の要としての救命救急センターもフル稼働中ということでございます。新築前の準備から移転後の1年間、医師、看護師を初めといたしまして、医療スタッフのやる気と能力は、大変なものであると私は誇りに思っております。・・・医療の質を上げ、安全な医療を行うことが、患者の皆さん、地域全体に喜んでいただくことが、医療収益のアップにつながることをわかっているからです。あわせて、原価管理を行い経費節減に、ますます努めてまいる所存でございます。医療安全に要するコストは莫大ですが、今まで黒字経営を支えてきた我々職員は、さらに新たな切り口を求めていきます。そのためには、我々医療従事者のやる気にブレーキがかからぬよう、またPFIで混乱しているからとあらぬ風評被害にさらされて、医師や看護師の確保に支障が出ぬように、この点、切に願いたいと思います。優秀な職員が流出すれば、病院運営はひとたまりもないからです。
もう1点、職員定数が大きな壁として立ちはだかっております。これもぜひご議論いただきたいと思います。当院は近江八幡市のみならず、東近江地区医療の最後の砦ともいうべき拠点病院です。市民の皆様同様、職員一同固唾をのんで議論を見守っております。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。・・・

もうひとつ関連リンク
Is the private finance initiative dead? - It may have failed in the United Kingdom, but that won't stop it being exported
(Rifat A Atun,Martin McKee)(BMJ,2005;331,pp792-793 より)

http://www.izai2.net/kiwame.html
http://www.izai2.net/oumi.html

2008年12月2日追記

12月1日の産経新聞の記事から

PFI解除へ近江八幡市長が起債提案 市立総合医療センター
民間資本で建設、運営するPFI方式を、病院としては全国に先駆けて導入した滋賀県近江八幡市総合医療センターの運営について、同市の冨士谷英正市長は1日、病院の施設を買い取るため118億円の起債を総務省に申請する議案を12月定例市議会に提出した。
 冨士谷市長はPFI契約を解除して市直営にする方針を打ち出しており、病院施設を所有、運営する特定目的会社(SPC)と契約解除に向けた交渉を進めている。契約解除が合意された段階で起債する考えを示しているが、契約解除に伴う違約金の提示額に双方で数十億円の開きがあるとされ、現時点では交渉の成否は不透明。さらに、市の直営とした後の経営プランも示されておらず、議論を呼びそうだ。
 同センターは、近江八幡市民病院の老朽化に伴い、平成18年10月にPFI方式を導入して開院。医業部門のみ市が運営し、その他の管理を大手ゼネコンの大林組子会社のSPCが運営している。ところが開院後、年間100億円を見込んだ医業収益が19年度は84億円にとどまり、市の財政に負担を与えている。
 開院直後の18年12月に就任した冨士谷市長は、「PFI方式では管理運営費がかかり過ぎる」として、今年に入って契約解除の方針を正式に打ち出した。そのため、「赤字経営に陥ったのは市の経営方法に問題がある」などとする議員や市民との間で対立が続いている。
 一方、市が施設を買い取った場合、SPCは病院管理からも撤退するとしており、違約金が発生する。関係者によると、違約金について、市は約20億円、SPC側は約65億円を提示。金額に大幅な開きがある、交渉の難航は必至という。

ちなみに,「近江八幡市立総合医療センターのあり方に関する提言」(市設置の近江八幡市総合医療センターのあり方検討委員会によるもの)によれば,医業収益は2004年度74億円,2005年度76億円,2006年度75億円,2007年度86億円となっていますので,産経新聞の記事の「19年度は84億円にとどまり」というのは,必ずしも実態を伝える表現ではないと思います。これに対して医業費用は,2004年度72億円,2005年度74億円,2006年度78億円ですが,2007年度には98億円となっています。このため,PFI以前の2004年,2005年度は医業損益は,それぞれプラス1.7億円,プラス2.0億円だったものが,2007年度にはマイナス11.2億円となっています。
とりあえず,事実確認だけ。
大林組グループが,単にビジネスとしてではなく,市の,そして市民の医療についてどのように主体的に責任を持つ立場として行動するのか,大林組CSRが問われる事例ともなってきそうですね。市民というステークホルダーのみならず,対株主についても,企業価値を高めるという点でどう行動されるんでしょうか。

#でも,(株)大林組のCSRは,基本的に建設業を通してのみのことだから,医療については知らんぷりというのも筋は通りますけれども。。。

12月12日追記

12月11日の毎日新聞滋賀版の記事から

近江八幡市総合医療センター:施設買い取り 市長「起債なら30億円安く」
近江八幡市の冨士谷英正市長は10日の市議会で、経営難に陥っている市立総合医療センターの買い取り問題で、病院事業債で建物を買い取ればPFI(民間資金などを活用した社会資本整備)を続けた場合より、金利分で30億円程度安くなるという試算を明らかにした。
 同市長は「PFIを続けた場合の残り27年半の金利は81億円。一方、低金利の政府資金を活用すれば、30年間の金利トータルは51億円程度で、30億円が浮く」と説明した。【斎藤和夫】

また,12月10日付の京都新聞の記事では

解約効果100億円超 病院PFI 近江八幡市長が見解
近江八幡市の冨士谷英正市長は10日、市立総合医療センターのPFI(民間資金活用による社会資本整備)契約を解除した場合の経費削減効果について「100億円を優に超える」との見解を示した。同日の市議会個人質問で答弁した。
 金利負担について同センター事務部の岡田一理事は、病院施設を特別目的会社(SPC)「PFI近江八幡」から一括購入するために約118億円の病院事業債を起債した場合の金利負担総額を51億円程度と試算し、PFI契約を継続した場合より30億円程度削減できる見通しを説明した。
 さらに、冨士谷市長は「市がセンターを運営することで、金利だけでなく、今後27・5年分のSPC運営経費年額約1億5000万円と、建物修理費積み立て年額約1億5000万円も要らなくなる」として、PFI契約解除による削減効果は総額100億円以上になるという見解を示した。
 契約解除に伴いSPCに支払う違約金については、冨士谷市長は「一般会計から支払うので、一般会計が耐えられる範囲の額になる。契約条項にとらわれずに協議している」と説明した。

12月19日追記 合意に達したそうです。

12月18日の読売新聞の記事から

病院の民間活用破たん、近江八幡市が契約を解除へ
滋賀県近江八幡市は17日、公共施設の運営などに民間資本を活用するPFI方式を導入している市立総合医療センターについて、経営悪化に陥ったため、ゼネコン大手・大林組が100%出資するセンター運営の特別目的会社(SPC)と、解決金20億円を支払って契約を解除することで合意したと発表した。PFI方式による病院事業の破綻(はたん)は全国初めて。公立病院の経営が厳しさを増す中、コスト削減策としてPFI方式に注目する自治体も少なくなく、影響を与えそうだ。
・・・
試算では、直営に戻した場合、PFI方式を継続するより約113億円節約できるという。
 解決金の内訳は、SPCへの逸失利益補償8億9500万円、センターの運営に携わっている受託企業の解約補償2億2500万円など。また、118億円の病院事業債を起債し、SPCが所有する病院施設を一括購入する。18日の市議会に関連議案を提案し、可決されれば、センターは来年度から市直営に移行する。
 冨士谷英正市長は記者会見し、2年半での契約解除について、「最大の原因は収支の見通しの甘さだった。今後、しっかりした病院経営をしたい」と話した。
 長瀬啓介・金沢大教授(医療経営学)の話「短期間で変更される医療制度などに即応できないと病院経営は安定しない。先進国の英国でも、多くの失敗を重ねて制度を作り上げており、安易にPFIを導入しようとしている他の自治体への警鐘となるだろう」

2009年6月17日追記 高知医療センターPFI解消へ

6月17日のキャリアブレインの記事(要登録)高知医療センターPFIを解消するという記事が出ていました。
同病院は,2005年に全国で初めてPFI方式を導入して開院しましたが,運営委託先のSPC(特別目的会社)である高知医療ピーエフアイ株式会社(間渕豊社長)のもとで,コストが大きくかかり,運営資金不足に直面していました。今後,SPC側から契約終了の提案があったことも受けて,行政側の高知市病院企業団と,SPCの間で合意によるPFI契約の終了に向け,今秋を目途に協議を進めるとのことです。
PFI方式に適したインフラ整備もあるのでしょうが,公立病院についてはPFIによる運用は困難と考えてよい状況かと思います。
このSPCはオリックスオリックス不動産を中核とする株式会社です。2007年には医療センターを舞台にSPCに派遣されていたオリックス不動産社員による贈収賄事件が発覚。昨年末には高知県高知市病院企業団が経費削減をSPCに要請していましたが,SPC側は拒否したところでした。病院は赤字,SPCは黒字という状況でしたが,おそらく,BTO型で撤退しやすかったことと,今後も高知医療センター運営事業からたいした利益を得られないこと,SPC側に有利であった現契約の見直しの検討が自治体側で始まってきたことなどから,SPCは先手を打って撤退することとしたのでしょうね。
経済界は,PFIから撤退し,より巨額の収益が見込める混合診療の推進にシフトしようとしているという見方もできますが。
それにしても,医療に素人のSPCが入って,病院側が指導し続けても,SPC側は仕様の水準の業務ができていない。経費はかかって,サービスは低下する。こういう状況が,「官がやるから非効率。民の能力を活かすべき」「官から民へ」というキャッチフレーズのもと作り出されてしまったということでしょうね。
参考:内閣府はSPCと業務委託先の企業が結ぶ契約内容の公開を求める。