日本学術会議声明「博物館の危機をのりこえるために」
2007年5月24日,日本学術会議から「博物館の危機をのりこえるために」という声明がでました。
pdfファイルがhttp://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-s6.pdfにアップされています。
行政改革により,国公立の博物館をめぐる制度的環境が激変し,指定管理者制度や市場化テストに博物館がさらされたことによる危機感から出ているもののようです。その危機感について,声明の要旨では次のように記述されています。
学術・芸術・文化の蓄積・普及装置としての国公立の博物館が、その機能充実を目的とした改革ではなく、財政および経済効率を優先する改革に影響されて、社会的役割と機能を十分に発揮できない状況に陥る可能性がある
公立の博物館では、近年の指定管理者制度の導入によって短期的には「より良質かつ低廉な」博物館サービスが試行されている一方で、長期的にみた事業運営上の弊害や潜在的危険性も浮上しつつある。
指定管理者への短期間の業務委託は、博物館の基盤業務である長期的展望にもとづく資料の収集、保管、調査をおろそかにする傾向を招き、その基盤業務を担う学芸員の確保と人材育成が危ぶまれる状況を招いている。
声明においては,博物館に託された役割と機能として「高い学術・芸術的価値と時間的価値を集積した実物資料の保存,継承,活用にある」とし,今日の社会に於いて「博物館は,広く国民に対し,資料をできる限り適切な環境で公開し,その価値をわかりやすく示し,これらを確実に次世代に伝えることが期待されている。」としています。
それを達成するための,日本学術会議として,大きく三つに分けて提言を行っています。
まず一つめは,指定管理者制度の導入がすでに決定された公立博物館についてです。
- 指定管理者制度導入に当たっては設置者の基本方針と応募者の運営構想に齟齬が生じないよう、設置者は当該博物館の基本性格運営方針を明確かつ詳細に呈示することが重要である。
- 設置者と応募者の共通立脚点として、「公立博物館の設置及び運営上の望ましい基準」(平成15 年6月6日文部科学省告示)を活用することが望ましい。
- 設置者は指定期間として、10 年(既存館の場合)〜15 年(新設館の場合)を目安とし、同時に5年毎の業績審査を行って継続か否かを判断することが望ましい。
- 人的資源を確保し、安定した長期的運営を行うために、管理委託制度等によって実績を積んだ学芸員を擁している団体の活用を図る。
- 経費節約とサービスのより一層の向上を可能にする制度的仕組みとしては、指定管理者制度に限らずに、広範な選択肢にわたる十分な検討が必要とされている。一般市民を含めて、また諸外国の制度的仕組みをも参考にして、よりよい制度設計に関する公共的な討議が必要とされている。
最後の項目は,大阪市が提案している地方独立行政法人制度の博物館への導入などを想定したものですね。
二つめは,国立の博物館・美術館の運営に関する提言です。
国立文化財機構(国立博物館と文化財研究所が合併した独立行政法人),国立科学博物館,国立美術館については,大学共同利用機関法人制度を参考としながら,博物館に適した制度の設立を提言したものです。このことにより,長期的展望に基づく継続性と,重要資料の収集を可能とする特別基金設置を可能とするとともに,博物館活動のそれぞれの側面に於いて,広く,公立・私立の博物館に資する先端的,先導的,実験的,主導的な役割を担っていく責務を提言しています。
三つ目は,広く博物館の中・長期的展望に関する提言です。
西欧においては,大英博物館を嚆矢とし,「博物館という社会的組織は約250年の年月を経ることによって成長・変遷・展開を遂げ,強固な社会的基盤を獲得した」。我が国においては,博物館の多くは第二次世界大戦後に生まれ,「日本社会の中に強固な基盤を構築する以前に,今回の激震に見舞われた」。「この状況を歴史的に捉えるなら,現在,我が国の博物館は重大な岐路に立っている」という状況分析から,博物館の将来を見据えた目標・戦略についての提言です。
提言の最後では,博物館への叱咤激励も行われていますので,紹介します。
創造力を確保した近未来の社会を実現するためには、創造力を刺激すると同時に創造力そのものの源泉となる多様な博物館を維持することが重要である。このためにも博物館の活発な活動には、社会全体の支持と理解を得るよう博物館はこれまで以上の努力を払う必要がある。
それにしても,資料中にも紹介されていますが,大英博物館は年間470万人の入館者数を得ています。大英博物館の運営(展示公開はもとより,資料の収集や調査研究がむしろ大きな割合を占めると思われますが)には,職員1050人,年間運営費124億円がかかっています。
日本の国立美術館は,西洋美術館や近代美術館など,全部で5館から構成されていますが,合計すると,年間503万人の入館者数を得ています。運営には職員135人,年間運営費60億円。極めて効果的・効率的な運営を達成し,公的サービスを提供していることが伺えます。(もちろん,入館者数は博物館活動の一つの側面にしかすぎません。地域の価値の発掘,発信,価値と資料の未来への継承,人々の交流の場,博物館によって,活動の方向性は様々で,だからこそ博物館は多様で豊かなのです)
この日記でも何度か触れた医療という公共財にしても同様ですが,今日の行政改革に於いて,医療や博物館の分野で達成してきた優等生的な効果的・効率的運営を無にしてしまう方向性が打ち出されてきています。医療については,あちこちで崩壊がはじまっています。行政改革がより非効率的な運営をもたらしてきています。博物館も指定管理者制度を導入し,崩壊しつつあるところもあります。
何とかここで,食い止めるためにも,提言の最後にあったように,博物館は「社会全体の支持と理解を得るよう」一層の努力が必要になっています。
なお,現在進行中の博物館法改正論議については,本日記の4月26日のエントリーでも触れています。
また,日本学術会議では,2006年11月5日に,「博物館が危ない,美術館が危ない」という公開シンポジウムを開催していました。このシンポジウムについては本日記の11月5日の記事でも触れています。
日本学術会議の雑誌「学術の動向」2007年2月号でも,このシンポジウムの内容等について触れています。
記事がpdfファイルで掲載されていますので,こちらもたいへん参考になります。