大逆事件の高木顕明

高木顕明は,新宮の浄泉寺で住職を務めていた。1910年6月3日,大逆事件のでっち上げで逮捕。1911年1月18日,死刑判決。翌19日に「恩赦」で無期懲役減刑となったが,1914年6月24日,秋田監獄で自殺。
真宗大谷派は高木が逮捕されると,すぐ住職差免(僧籍剥奪)とし,死刑判決が下されたら擯斥処分(宗門追放)とした。高木一家は即刻寺を追われたという。
真宗大谷派がこの処分を取り消したのはずっと後。1996年4月に,ようやく僧籍を復権。新宮の南谷墓地に高木の石碑を移転すると共に顕彰碑が建てられた。顕彰碑には高木の「南無阿弥陀仏は真に御仏の救済の声である。闇夜の光明である。絶対的平等の保護である」という言葉が刻まれると共に「まさしく(高木)師は,真宗大谷派の僧侶として,部落解放や非戦平和を課題とした先駆けの人であった」と刻まれた。